色即是空的こころ・・❷

・・・こないだの国際宗教フォーラムかなんかで、テーマは「許しましょう」ということだっだわけですね。とにかく、いま世界中でテロとか戦争・殺し合いが多いわけでしょ。

まぁ、それだけでなくて公害とか、いじめっていうのもあると思うんだけれど、そのせいで被害者が増大してしまって、あちこちで被害者意識が蔓延しているらしいといったわけなんですね。

つまり、世の中「憎しみ」というエネルギーでいっぱいで、相手・加害者に対して“ゆるす”といった状況がみられなくなっているということなんですよ。いつも復讐することばかり考えているから、人々はストレスだらけの苦しい心持ちで暮らしている。

憎しみ・恨みの感情を抱いて生きるというのは苦しいと思いますよ。『そんなに自分を苦しめてどうするんだ・・そんなに苦しいのなら、憎む・恨むのを止めればいんじゃないか・・』と思うんだけども止められない・・。

人間はもっと自分を大事にして、心を安らかにして、幸福に暮らせるはずなんだけれどね。ヒトを憎めば憎むほど、自分が不幸になっていくんですからね。こうなってくると、加害者も被害者もないわけですよ。

みんなが「憎しみの心の被害者」といったわけでしょ。やったらやり返す。お互いに復讐の繰り返しですからね。そこで、皆が被害者なんだから憎む・恨むのを止めて『許しましょう・・』と、そういった努力をしようということなんですね。

なぜ“ゆるす”のかというと、まずは他人のために許すのではないんですね、発想としてですね・・。自分のために、結局自分の幸福のためということ・・。『わたしはストレスと苦しみのなかで暮らすのは、もうたくさんだ・・。

自分には幸福に生きる権利がある・・。だから、憎しみといった感情、恨む心を捨てよう・・』と。この発想は『自分を愛するなら、他人を許しましょう・・』ということになるんですね。

・・ある時、『憎しみはだめだ・・』と気づいたのだと思いますよ。それで、自分の心のなかを観察してみた。そうすると、憎しみのドアも、裁きのドアも、批判のドアなんかも・・色々あってね・・あちこち探しているうちに、少しドアが開いていて、そのスキマからうっすら光がもれていたんですね。

見てみると、ドアに『許しましょう!・・』と書いてあった。そこで、そのドアを思いっきり開けてみると、そこは光いっぱいの、心安らかな幸福の世界だった・・。メデタシ・・メデタシ・・といった話なわけです。

意識は心の闇を照らす光、それは魔法でもあり、意識はスーパーマンだと言ったけれども、そのとおりだと思いますね。『自分が幸福になりたければ、自分を愛するなら、他人を許しましょう・・』ということです。

そういった『慈悲=愛の心』を作ればいいだけの話でしょ、この意識を大いに使ってですね・・。 ・・まぁしかし、御案内のように 心という蔵の中には、残念ながら良いモノばかりが入っているわけではないですからね。

怒り・攻撃心・嫉妬・所有欲・支配欲・・etc・・。そういった不善なる心処・臭いモノが、事あるたびに条件反射的に、無意識に出てくるでしょ? そうすると、具体的にその“意識”という『道具』をどういったように使えば良いかといったことが問題になるですね?

そこで、まずやる事はそういった心をよく「観察する」ということになるんですね。観察しようとなると、自然にそういった“心構え”が出来るわけですからね。まず、意識のスイッチが入る。

そうすると、日常で色んな事が起きても、その対処の仕方が違ってくるでしょ。例えば、満員電車で足を踏まれる。そこで、『痛てぇな~・・なんだよ、このオヤジ!・・』といって、怒りの感情が出たとする。

これもひとつの反応で、「痛い→嫌悪→怒り→暴力」といった具合に発展しかねないわけですね。こういったひとつの「怒りのプログラム」が 無意識に反射的に出てくるわけです。

そこで、意識して観察しようといった心構えがあれば、その時に出てくるはずの“怒り(の感情)”といった強いエネルギーに対して、落ち着いて対処できる余裕ができるでしょ 。

つまり、そこで「客観的に観る」といった行為ができるわけです。あるいは、『怒り(といった感情)が出てきたな・・』といった『気づき』がサッと出る。これで、いったん怒りがクールダウンする効果にもなるんですね。

そこで、暴力に発展することも無くなる。このように『観察・客観的に観る・気づく』・・こういったモノが『意識の道具を使う』ということですからね。あるいは『意識というエネルギーを使う』・・そういった事をしているわけです。

つづく