色即是空的こころ・・❹

・・エロヒムの云う『快楽原則』のシステムというのは、「苦を嫌い・苦を避け」て、「快楽・喜び・幸福」を求めて生きるということをコンセプトに成り立っているわけです。

そして“快楽”を感じるためには,そのコントラストとして“苦”を感じるようにしなければいけないわけです。

まぁそこで,エロヒムは人間の遺伝子=設計図に「苦・楽のシステム」を組み込んでくれたということなんですね。

ご案内のように、仏教はこの“苦”の部分にスポットを当てて、一切皆苦とか四苦八苦といって「苦」をアピールしてきたわけです。

確かに闇が無ければ光は成り立たず、光が無ければ闇もまたありえないように、「苦・楽」もコインの裏表のように切り離すことはできないようになっているんですね。

まぁそこで、苦のほうは仏教にまかせて、ここでは『快楽原則』のシステムということですから、快楽のほうを主役にしてそこにスポットを当ててみようと思っているわけです。

つまり、“快楽・喜び・幸福感”が主役であって“苦”はあくまでも快楽を得るためのコントラスト、快楽の引き立て役なんですよ・・という話になっていくわけです。

そこで、なぜこのシステムなのかといいますと、実にシンプルなんですね。エロヒムの言葉を借りるならば『人生を楽しみなさい・・』ということなんです。

ですから、人間はすべからく快楽主義であって正解だということですよ。

そして、それを裏付けるかのように我々の脳ミソのシステムもそういった快楽原則のプログラムに従って動いているわけで、つくづく人間の仕組みというのはうまく出来ているなぁと思うんですね。

例えば、我々が快感を覚える快楽物質=脳内ホルモンには、エンドルフィンのほかにも、セロトニン、エンケファリンなどが20種類も見つかっています。

ご案内のように、これは好きな音楽を聞いたり、親しい人と会話を楽しんでいる時、好きな人と一緒にいる時などに脳内に分泌されるため、ハピネスホルモンとも呼ばれます。

それと、一時話題になった「A10神経」ですね。この「快楽神経」といわれるA10神経あるいはA9といった神経の働きは、まさに『快楽原則』そのものを絵にかいたようなシステムになっているのではないでしょうか。

このA10神経は食欲・性欲に関係する視床下部から始まって、攻撃性に関係する扁桃核を経由して、記憶をつかさどる海馬へ、そして精神活動に関わる前頭連合野にまで達していて、ドーパミンといった脳内快楽物質を分泌する。

ご案内のように、ドーパミンは「やる気ホルモン」とか「生きる意欲を作るホルモン」と云われるもので『さぁがんばるぞ!・・わぁ~うれしいなぁ!・・ホントに素晴らしいね!・・』といったような時に我々の脳内に出てくるわけです。

確かに、こういった快楽物質は「やる気、喜びや幸福感」を感じる時に分泌されるんですが、この快楽物質がA10神経経路を介して食欲・性欲などの本能を司る旧脳から、複雑な精神活動に関わる大脳皮質のあらゆる場所にくまなく分泌されるようになっているんですね。

ですから、これらの神経系の機能や色々な脳内麻薬・快楽ホルモンを見るにつけ『・・快楽には壁がありませんから、楽しみは無限にありますよ・・。これ以上、苦しむ必要は無いんですよ・・。

・・食欲・性欲を楽しむ快楽でも、昔の記憶を蘇らせ懐かしい思い出に浸る快楽でも、お望みならば貴方の攻撃心を発揮して殺しあうといった快楽も味わえるようになっているんです。どうぞあなたのお好みの幸福感を存分に味わってください・・すごいでしょ・・』と言っているように思うわけです。

つまり、エゴと攻撃心を発揮して所有欲に走り貪欲に利己的な喜びを追及することもできるし、エゴ・貪欲さをそぎ落とした「慈・悲・喜・捨」や布施といった『観照の作法』に沿った喜びを得る事もできる・・何でも有り・・といったわけです。

人間には何にでも喜びを感じる事ができて、自由にあらゆる快楽を得ることができるそういった機能が、生まれながらにして我々の脳の中にセットされているということなんですね。

さらに、悪い記憶を消すためマリファナに似た脳内麻薬も分泌されたり、不安や恐怖といった心理状態の時はノルアドレナリン(毒)が分泌されるんですが、そこでこの毒にやられないように、反対給付としてA9神経が働きドーパミンが分泌され、安心とか喜びといった心理状態になるようにセッティングされているわけです。

脳の神経系の機能というのは、良くない記憶や心理状態の時にでも苦を減らしたり無くしたり、少しでも幸福な状態に持って行こうとするようにも出来ているわけですから、これもまた快楽人間にとっては至れり尽くせりのシステムになっているということなんですね。

まぁこのように、人間なら誰でもこの遺伝子レベルでの『快楽原則』のもと、それに則した多種の快楽ホルモンを出す脳ミソで、ヒトは夫々自由に思考・価値観を持ち、そこに快楽を見出し追及しているといったアンバイなんですね。

・・そのように考えると、世の中には多種多様の考えや嗜好・価値観があってそれに見合う数の人間もいるわけですから、例えば身の危険もかえりみず、よその国の戦地にいって医療活動している慈悲深き人もいれば、ヒットラーのような殺人鬼も出てきたりして、色んな人間が居て当たり前なわけなんですね。

それもこれも、目的はどれも一緒・・。つまりは、喜び・快楽・幸福感を得るため・・といったわけです。

・・確かに、人命救助と殺人とは見かけは相反する行為のようには見えますが、彼らの脳のなかでは快楽物質が平等にA9とかA10といった神経から分泌されているわけですから、夫々に同じような恍惚感を味わっているのでしょう。

まぁそういったわけで、我々はエロヒムから等しく『快楽原則』のシステムを与えられているわけですから、我々は快楽の質や方向性・ジャンルに関係なく自由に快楽を選んで味わえるわけです。

たとえ、慈悲の行為であろうと大量殺人であろうと、勤勉であろうと怠慢であろうと、観照であろうと無かろうと、ヒトは何を選ぼうと何を楽しもうと、何をしようとも何もしなくても・・ヒト夫々の快楽・喜び・幸福感を得ることができますよ・・と。

そして、ただここでも云えるとすれば『選ぶのもあなた・・楽しむのもあなたですから、すべては“あなた”しだいですよ・・』といったことになるのでしょうか・・。

ここで一句

苦も楽も 時も選ばぬ ドーパミン